2007-02-24
夕卜ゆふけにも占うらにも告のれる
今夜こよひだに来まさぬ君を何時とか待たむ
作者不詳
星占いやいろんな占いに
“今夜はあなたに逢える”とあったけど。。
あなたは来ない
いつまで待ってればいいの?
ひょっとしたら、、もうきてるかもしれない。。。と思うと楽しいかも。
近頃の私は、もう、、莫迦みたいに楽しい方へ・・嬉しい方へ思いを寄せている。
そりゃ凹むことはあるし、
莫迦じゃないの。。と我ながら疑わしく相手の思いに妄想を抱くこともある。
だけど、だ! そんなことを一人ごちゃごちゃ考えるのは時間の無駄な気がしてきた。
そういうことは恋する醍醐味だと書く恋愛指南本もあるけれど、
今はPCに向かってる時間も限られているし、
気がかりなことといえばてんこ盛りくらいある。
それをいちいち気に病むことが愚かしいのと同じように、、
そのことばかりを考えている暇はない。
相手のほうも、私の心の成長には快いが、悲観的な考え方であったり
卑屈な心が見えたときは退いているように感じる。
それだけが理由ではないが、
こうも思うのです。。
私の悩み、心の弱いところ・・そういうのを垣間見せたときに退く相手なら、、
私は追う必要などないのではないか。。。
追う・・というよりは、お互いの距離を空けようと心がける。
敢えて、そっとしておいてくれているのか、定かではないけれど。
人の気持ちはわからないから。
人との距離感が近しく感じたり、遠のいた。。と思ったり、
それは自然なことで操作できるものではない。
またする必要もないのだと、半ば諦め??
いえ・急がなくてよい。。と誰に対しても思うようになった。
そんな私が毎日やっていること。。。
これが自分でも驚き。。。
鏡リョウジ占い。。笑ってしまう。
是まで占いを信じたこともなけりゃ、、占い師のところへ行った経験もない。
どちらかというと、あまりにも信用するものが側にいるから、
反面教師的に避けてきたのだ。
・・でね、毎日いいトコだけ、信じるの。
戒めが書いてあったら素直に心に留置くの。
もし、(タロットなので・・)死神とか悪魔のカードがでた場合・・
私は行動を起こさないことにしている。
笑ってしまうけれど、前向きに、そして冷静に今を見つめる。
ちょっとの時間。ちょっとの気にする時間。。。
自分の行動や心持ちを好い風に・・・見直してみる時間。。。。
信じるとか信じないのことではない。。
好い風に考えるか、
ちょっと静かにしておくのか。。。
こんなことで決めている自分にちょっと驚いている。。。
2006-04-20
今日は枕草子なぞ・・・
ねたきもの 人のもとに これよりやるも 人の返りごとも
書きてやりつる後 文字一つ二つ思ひなほしたる
人のところへ出すのでも、人からの手紙への返事でも
書いて出した後で、こう書けばよかった・・という風な後悔はいつまでも心に残る
さしずめ現代ではメールが主である。
いともカンタンに思ったことを瞬時に相手に伝えることができる。
それでも、一度書いたものを あぁでもナイ・・こうでもナイ・・と書き直す・・とまではいかなくとも
イラナイと思われる箇所は削除する。すると、どんどん文章は短くなる。
くどくど・・だらだらと書くより伝えたい本質を書くほうが、忙しい相手にはよい。
短くなったとて、伝えたい一番の言葉というのは変わらずそのまま残っているものだ。
ただ・・相手がその推敲(!?)している段階の一部始終を見ていたとしたら、、さぞや滑稽だろう。
それでも・そうやって言葉を探し、愛する人に自分の思いを乗せてゆく。
上手くいかないときもある。私はいったい何がいいたいのだろう・・と自分に問うこともある。
古の時代、人を介して和歌などで思いを伝え合った時代。。。
もっと時の流れが緩やかで自分の気持ちを和歌に託し
その返事として返歌で思いを返す。。
女の恋愛は“待つ”ことがすべてであった。
なんて受身なっ! ・・とずっと若い頃から考えてきたけれど
当然のこととして“待つ” “待たせる”時代。。
同じ一時間の時の流れでも 悶々と辛く過ごすのではなく、甘やかな時間・・・
恋する女性たちは待つ情緒を十分に心得、楽しんで過ごしていたのではないか・・と今は思うのだ。
男女の恋愛の温度差は、オンナの方がそのことばかりに気がいってしまい勝ちになる。
メールを書けば、その返事の返ってくるまでの速度・内容から自分に対する愛情の度合いを測ったりもする。 自分もそうだったと・・思う。
今はね、、
忙しい・・忙しい・・でも、本当はスゴク逢いたいと思っていて
メールがこないか・・しょっちゅう忙しい合間をぬってチェックしているのは彼かもしれない・・
・・と真顔で考え悶々になるはずの時間をやり過ごしている・笑
2005-12-15
松の葉に月は移りぬ黄葉の
過ぐれや君が会はぬ夜の多き
万葉集 巻四・六二三 池辺王
松の葉の間を移る月のように
美しいもみじの葉が散って無くなってしまうように
過ぎていった貴方と会わない夜の多いことよ
今年も素晴らしく綺麗だったのが銀杏並木。。。
3週間に一度通る道の両側にある。。。
古の人々が黄色いその色に強烈に惹かれた意味がよくわかる。
燃えるような真っ赤なもみじにも心が踊るけれど、、
真黄色の銀杏の葉が散る間際は桜のそれと同じで・・・
どっと一気に散る感じが無常を感じて・・・不思議な気持ちになる。
明後日通るときにはもう、さびしい風景に変わっていることだろう。
この歌はオトコが女歌として詠んだもの。。
時が過ぎていって、萌えるようなもみじの葉が落ちてなくなるように
貴方の気持ちも様変わりしてしまうのね。。
と・・・所詮オトコというものはそんなものよ・・・と
達観視でもしているようなオンナ心を表現している。。
こういうオンナであってほしいのかな・・・オトコは。
追いかけて、熱い言葉を囁きまくるオンナよりは、
“貴方はそういう人なのね”と あきらめに似た“しょうのない人ねぇ”と
笑って見過ごすことのできるオンナに惹かれる生き物なんだよ。。
と池辺王サンはいってるのかな・・。
恋愛の醍醐味って・・・
熱い言葉を囁きあっているだけではないのねぇ。・。
私はとんだ勘違いをしていたかも。。。笑
徒然なるままに・・・・たわごと -23-
2005-11-18
我が命の全けむ限り忘れめや
いや日に異には思ひ益すとも
万葉集 巻四・五九五 笠郎女
吾命之 将全牟限 忘目八 弥日異者 念益十方
-わがいのちの またけむかぎり わすれめや いやひにけには おもひますとも-
私の命が続く限り
決して忘れたりなどしないわ
日ごとに想いは募るばかりです
以前にも書いたが万葉集の中に彼女の歌は29首ある。
それらのすべて大伴家持に贈られたものである。
実際にはもっともっと沢山のやりとりがあったかもしれない。。。いや多分あったはずだ。
名門大伴家の出身。教養も高く、歌の才能も抜群のエリート。それに実は定かでナイが
ハンサム・・とくりゃあ彼の気を引きたいと願う女性たちは他にもいっぱいいたわけだ。。
随分沢山の女性を泣かせたんだろう。。。彼女もそんな女性の中の一人だった。
“思いを遂げる”ということが逢瀬ならば、、彼女はこの時すでに思いは遂げていて、
あの日の熱い夜を思い返しては“もう一度逢いたい”と思わずにはいられない。。
けれど、なかなか叶わない逢瀬にもうあきらめてしまおう・・・と何度も落胆する。
そういったことを繰り返し、それでもやはり思いを断つことなんてできない。。
やっぱり、もう一度貴方に逢いたいと願うのである。
お互い逢える距離にいながら、逢えないもどかしさ、せつなさ。。
そういったものが、より一層思いを募らせているようにも思う。
“思いを遂げる”ことはできても“思いを成就”させることはできない関係。。。
気持ちの波をうち立たせたり、時に炎のように燃え上がらせたりするのだろう。
・・・燃え上がるってないなぁ。。
そんな情熱・・・どこへ行ってしまったのだろう。
2005-10-25
梓弓引きみ弛べみ来ずは来ず
来ば来そを何ぞ来ずは来ばそを
万葉集 巻十一二六四〇 作者不詳
早口言葉みたいでしょ。。
-あづさゆみ ひきみゆるへみこずはこず こばこそをなぞ こずはこばそを-
来ないのかな・・・来るのかな・・・
どうしているのかな・・・
連絡はないし、、
引いてみたり、緩めてみたり・・・人の気もしらないで
来るなら来る 来ないなら来ない
はっきりいってよ
「来るの?来ないの? どっちなの?あぁぁじれったい」という彼女の声が聞こえてきそうな歌。。
言葉遊びのようにもとれるユニークな恋歌でもある。
なんでこうハッキリ答えを出してくれないのだろう。。
相手が聞かれて嫌だと思うことはいわないのがいいのか。心の中で悶々悶々と思い悩むくらいなら、電話でもしてスッキリハッキリ直接聞いたほうがいいのか。。悩むところだ。
大人同士の恋愛なら、、そういったことはお互いが察して引いたり緩めたりする関係がいいのかもしれないが、連絡もなく言葉を交わす手段も絶たれては気持ちの所在を失い惑うことになる。
私は何故にあれほど惑い落ちていったのだろう・・・。
徒然なるままに・・・・たわごと -17-
2005-10-24
来むと云ふも来ぬ時あるを
来じと云ふを来むとは
待たじ来じと云ふものを
万葉集 巻四・五二七 坂上郎女
来るっていったときでさえ来ないことがあるあなた
来ないっていってるんだから「ひょっとしたら来るかな・・・」
なんて、、思って待たないわ
あなたが来ないっていってるんだからね!
お相手は藤原麻呂という人。。
彼は約束をすっぽかすことが多かったらしい。。
そんな彼がこの日は「行けない」とわざわざ使いをよこした・・・という設定。
待ちぼうけもガマンならないけど、、「行かない」なんてはっきり言われた日にゃ「誰が待つものかっっ」とカリカリきている。。。
・・・とこれは坂上郎女サンの歌の解釈であって私がいってるのではナイ・・・

何度も「来」という言葉を使うところはなんだか可愛い。。
彼が来れない理由などはさておき、、このように心の中で自分にいい聞かせることはよくある。
メールだってそう。 「忙しいときは書けませんよ」といわれているのだから、、私は待ちませんよ。。その間にあらぬ妄想・・・考えすぎ・・・恋をする女性にはありがちだけど。。。
「待つ」って少しの時間ならいいんだけど、来ない相手をずっと待ち続けるのは私には無理だな・・。だからいつも「待つことはせずに・・・」って書いてしまう。。
待つ人がいなかったなら・・・無性にこれまた待ちたくなる・・・待つ人が欲しくなるのが人間でしょうか・・・。彼が自分の元に来ないことにはずっと逢えなかった時代・・・今・・・私は彼に会いに行くことができる。
2005-09-27
誰そ彼とわれをな問ひそ
九月の露に濡れつつ君待つわれを
万葉集 巻十・二二四〇 作者不詳

めっきり秋の気配漂うこの頃
少し冷たい風が肌にしみ入る朝
水色の空に真っ白な雲
涼やかに流れる風に鈴虫の声
真っ黒な夜空に浮かぶ月
季節の移ろいを感じることのできる国に生まれてよかったと実感。。。
九月-ながつき-は木の葉舞うには少しはやく、ようやく葉が色づき始めるころ。
食欲の秋。 芸術の秋。。 恋人たちがオモイを確かめあう秋。。。
そうした季節の待ち合わせ場所での恋するオンナのキモチを詠った歌である。。
誰なのだろう・・・あの人はと
私のことをそんな風にいわないで
九月の露に濡れながら
来ないあなたのことを待つ私なのですから
外での待ち合わせ・・・きっと人目を避けて逢っている関係ではないかといわれている。
それも露にぬれながら・・・であるから、、夜明けからずっと永い間彼が来るのをじっと待っていたかのようだ。。
本来恋人を待つ時間というのは、好きな相手がやってくるのを心待ちにする最も幸せな時間である。 そして99パーセント相手が自分のいる場所へ向かっていると解っていても1パーセント
くらいは来ない疑いをもつものではないだろうか。。。
そんな彼女の待ち合わせ場所にとうとう相手が現れなかった。。
すると待つ間に行き交う人々の視線が 「あの子の彼まだこないんだな・・・」と噂しているかのように思える。。もしかしたら、、お互いにそれぞれ決まった人がいるのにもかかわらず惹かれあう
関係、、待ち合わせする姿を見られたくないが為に夜明けの人通りの少ない時間帯を選んだ。。にもかかわらず相手がなかなか現れない、、、、周りの目がいやに気になる・・・という設定とも考えられる。。これが“露に濡れつつ”だから可愛いけれど、、“濡れて待つ”のが雨の中だったら、ちょっと怖い・・・さらに怖くなると、“霜が降る”髪の色が白くなる などの表現が使われると
もう、、うらめしや〜
の世界である。。待ち合わせの時間になっても好きな相手が現れず・・行き交う人々にジロリと見られているようで消えてなくなりたい様な恥ずかしいキモチ・・・そんなこともあった(??!)若い頃。。。
歳を重ねた今となっては、待ち合わせ場所にボーーっと立ちつくし待つことってないな・・・。
オープンカフェでお茶しながら・・とか書店で立ち読みしながら・・・さほど周りを気にすることもなく待っている。。自分が思うように待ち合わせ場所を相手に伝えることができるのもいいし、
敢えて何もいわなくてもお互いの思いが重なった待ち合わせ場所が決まるのも楽しい。。。
2005-09-18
春雨に衣はいたく通らめや
七日し降らば七日来じとや
万葉集 巻十・一九一七 作者不詳
たとえどんなに激しい雨に打たれても・・・逢いにいくんだ!!
・・・と叫ぶオトコの歌を書こうと思ったんだけど、、、
春雨が私に降りかかっているのも知らずに彼を思い、つい外へ出てきてしまった・・・
・・・と詠うのはやはり恋焦がれるオンナだった。。。
こんなにアナタを待っているのに・・・アナタは来れなかった。。
“約束してたけど、、雨にふられちゃって・・”
なんて言い訳は聞きたくない。
春雨なんてたいしたことないじゃない・・
もし、、七日降ったら七日こないつもりなの?
アナタのオモイなんてそんな程度のものなのよねっっ
春雨ぐらいの雨を言い訳に来ない恋人へ皮肉たっぷりである。。
自分が愛されていると根拠のアル・ナシにかかわらず確信があるうちは
“アナタも残業で大変なのよね”
と相手を気遣うが、、最近ちょっと変よね・・・と思う時、
残業だの接待だの仕事を逢えない言い訳とする彼に、疑念を抱いてしまう。
つき合い始めの頃はそんなことなかったじゃない・・・。
無理してでもいそいそ逢いにきてくれたことを思えば、、何だか冷めてしまったのではないかと
彼の言葉がどれも嘘っぽく聞こえたりする。。。
それなのに春雨がカラダに降り注ぎ・・・びしょぬれ状態になっても気づかぬほど、恋に心奪われてしまっている彼女・・・
拗ねて見せる彼女の歌に現代の女性にも同じような光景をみて微笑ましい。。
ちなみに・・・このような拗ね方を相手にしたことがない・・・ 私。
なので微笑ましいと感じてしまう。。いや正直羨ましい。。。
相手にとって私はクールなつき合いかたをする人だと思われているかもしれない。。
このような私の考え方が好きだとのたまう。。。
こんなに陰で悶々と自分の切ないオモイ・起伏の激しい日々と格闘していることは知る由もない。 そもそも彼は逢えない言い訳はしない人だと思う。 “逢いたい”とこちらが言えば、
“いついつになったら逢える”と答える。。逢える日が近くなってくると逢う日を二日用意して
“どちらがいいですか?”と聞いてくる。。あんなに忙しいのにキャンセルは今までない。。
・・・っていうほど逢ってませんが
・・・ “行きたい”キモチを“万難を排して”という言葉で表す。。もしキャンセルになっても致し方ない
事情とすんなり解することができる。。そういった不安を感じさせない人なのだと思う。。
私への何らかのオモイがなくなったとき・・きっと返事も来なくなるような気がするな。。。
今朝は将来のことを少し話しました。。。お互いが逢わなくなって後の話です・・・
・・・オカシイでしょ?? 笑
決してネガってないので・・・悪しからず。。。

2005-09-17
ひさかたの雨も降らぬか
雨つつみ君に副ひて この日暮らさむ
万葉集 巻四・五二〇 作者不詳
ひさしぶりに雨でもふらないかなぁ
雨が降れば・・・そこに籠ってしまうアナタ・・・
雨が降るのを理由に来ないのはイヤだけど、、
アナタが来た夜は降ってほしいの
できれば一晩中・・
そしたら静かな時間を ずっと側にいれる気がするもの・・
当時は雨の日、闇が深い夜も家の中にじっとしていることが多かった。。。
自然のそういった営みは神々のものとされた。。雨は神々のいる天から降ってくるものなので、
打たれるのを避けなければならないと考えられていたそうだ。。。
すると・・・恋人と逢えるチャンスはぐっっと少なくなるよな・・・。
そんなお天気と相談しながら・・・
恋人の心の風向きがこちらに向かわなければチャンスは永遠にやってこない。。。
雨はスコールのごとく彼に降り注ぐ仕事かな・・・
雨の降るのもひと段落・・・明るい一筋の光が差した日には
逢わない理由など何もない。。。
けれど、大雨の最中・・誰が逢おうと思うのか。。。
ひとたび、逢ってしまえば雨だって槍だって存分に降ればいい。。
私がひと頃忘れさせてあげるから。。
スコールの真っ只中にあって・・・彼の心の風向きを
恋するオンナは今日か明日かとひたすら待つことになる。。
スコールとスコールの間の一瞬を逃さずこちらに向かう気持ちはあるのかしら??
ずぶぬれになっては体を壊してしまうから・・・いいのよ・・無理しなくても・・なんて思いながら、、
ずぶぬれになってまで来る熱意はもうとうになくなってしまったのね。。
と・・・落胆の気持ちもほんのちょっと。。。あるのだ。
当時みんなが避ける“禁忌”であっても
中には雨が降ろうがカンケイない・・・という人もいたのだ。。
それは次回のエントリにて・・・。

2005-09-07
風をだに恋ふるは羨し
風をだに来むとし待たば何か嘆かむ
万葉集 巻四・四八九 鏡女王
羨し-ともし-
額田王-ぬかたのおおきみ-の“君待つと〜”の歌の次にくる。。
まるで妹が恋焦がれて待っている恋人・・・かつては自分の恋人だった天智天皇を思い
「おそいなぁ、アノ人・・」とふっとため息とともにもらす妹のこんな言葉にたいして
「待つ人がいるだけいいじゃないのさ、、私にはそんな人もいないんだから・・・」
なんて、、ちょっとチクリとしたいい方をしたりして・・・
でも恋人を取られた女の深〜〜い暗〜〜い恨みや妬みを感じることはない。。
風が吹いてもアノ人をオモい恋しいだなんて、、あなたがほんとにうらやましい。。
もし・・風の訪れだけでも待てる身なら、何は嘆きはしないわ。。
今の私には風の訪れさえもないのですもの。。
彼女の心の中に天智天皇へのオモイが未だくすぶっている様にも考えることができる。。
昔の恋にオモイが残っていたとしても、未練たらたらの悲劇のヒロインになっていないところがよい。。それは当時の恋のあり様が今とは全く違う次元であったからともいえる。
姉妹であっても同じ人を愛してしまうこと・・・と言えば今でもあるか・・・まぁ早い話が、姉の方を振って次に妹と熱くなる。。って話・・・
ちなみに私的にはアリエナイ。。。
実のところ、姉妹ではないともいわれているし額田王の歌とは無関係な作だったのではないか、
亡夫藤原鎌足を追慕する歌ではないか・・という説もある。。
まだまだわからないこと・・・謎を万葉集は秘めているようだ。。
徒然なるままに・・・・たわごと -5-
2005-08-31
見わたしの近き渡をたもとほり
今か来ますと恋ひつつぞ居る
万葉集 巻十一・二三七九 柿本人麻呂
沢山の歌の中で、私は“待つ”歌が一番好きだ。。
万葉の時代のおいての“待つ”というのは、今の時代とはかなりニュアンスが異なる。。
“結婚”という形態が、どこからが妻でどこからが恋人かの線引きが明確でない。。
原則夫婦が別居である古の時代は逢っている間・・・
がつまり夫婦でいられるすべてだったのだ。。
だからたとえ“忍ぶる恋”をして密かに逢いにいったとしても、心にやましさ・・・後ろめたさというものはない。。恋人であっても“妻”であっても同じ“おののき”をいつも心内に持って過ごすのだ。。
待ちあわせには余裕をもって出かける。。
刻一刻と約束の時間が迫る中・・本を片手に読むフリなどして相手を待つ。。
“約束場所はココでよかったのだろうか・・”
“仕事を終えてココまで辿りつけるのだろうか・・・”
と回転扉の向こうをチラチラ見ながら相手を探している。
同じ場所を行きつ戻りつ・・傍からみて、さぞかし変な格好に写るのではないか・・・
(っってほんと自意識過剰・・・誰もほんのちょっとも気に留めてませんっって
)小さな不安の中で、相手がまさにただ一人自分にだけ向かって歩み寄ろうとしている
その瞬間の喜びに期待する。
たもとほり -徘徊-する 行きつ戻りつすること。
“逢ったら、こんなこと話そう・・あんなこと話そう”と考えながら無意識のうちに行ったりきたり・・たとえ人ごみの中にあっても、知った肩先を見逃さない・・・側にたたずむ気配をも感じて逃さない。。彼女の思いが彼だけにもっとも集中するひと時でもある。。
・・・恋つつぞ居る・・・
私の中でひと際キイテいる
徒然なるままに・・・・たわごと -2-
2005-08-05
河の上のいつ藻の花の いつもいつも
来ませわが背子時じけめやも
巻四・四九一 吹蕗刀自
吹蕗刀自 ふふきのとじ
十市皇女(天武天皇と額田王の間の娘)に仕える高位の女官
知らなかったので書いてみた。。
河の上のよく繁った花のいつ藻ではないけれど、、
いつもいつも来てください、わが愛しい人よ。ダメなときなんてありはしませんわ・・・・・。
何気に
“逢いたいの・・・”とメールしてみた・・。
すると
“映画見に行きたいよね・・
あっでも好きな映画じゃなかったら苦痛なだけだよね・・・”
・・・・行きたいわよ! 逢いたいわよ!
貴方が行こうと誘ってくれるところならどこへでもついてくわよっっ。
“あっ忙しいんならいいんだよ・・またの機会にすればいいんだし”
なんてこともよく言われるが、
・・・・忙しくてもいくわよ! スケジュール調整してでもいくわよ。。
キャンセルだってアリよっ・・・って思う人もいるかもしれない。。
女性は恋をするとたいてい彼のことで頭がいっぱいになるもの。。。
きっと“逢いたい”にしても“会いたい”にしてもその捉え方は
ちょっと・・・いや大きく男女では違うように思う。。。
男性の気持ちを測ることは難しいが、恋するオンナ心なら想像くらいは出来る・・・かな。。。。
“逢いたい”といえば“僕もスゴク逢いたい”といってくれたら嬉しいし。。
それだけで一日元気に過ごせたりする。。
けれどその言葉を好きな相手にぶつけた時、具体的に逢う場所の話をされることがある。。
いやいやそこまで考えてなかった・・・。
ただ単に甘い言葉を交わしたかっただけか・・・・子供な私。
それなのに逢って苦痛だね・・・なんてとんでもない!!
いつも・・いつも・・いつも・・ 3回もこの言葉を使う気持ちわかる気がするな・・・。
いつも・いつも・いつも 逢いたいと思ってるのよ。。
2005-07-29
君待つと あが恋ひ居ればわが宿前の
簾動かし秋の風吹く
巻四・四八八 額田王
片思い・・・そう思い込むように・・するけれど、実はお互い心惹かれ気になる存在。
確かめたい・・けど勇気がない。。
今日は勇気を振り絞って自宅に招待してみた。。。
お部屋のお掃除、、テーブルセンターをレースのに換えて、、
可愛らしいお花をちょっと飾ってみたりして・・
ピンポーン♪ 「あっきたっっ。
ドキドキ ドキドキ」「宅配で〜〜す」
ありゃりゃ 彼じゃなかったのね

こんなことやってる時が一番ワクワクドキドキして楽しい時。
もうすぐ大好きなあの人がやってくる!! 今か今か・・・ふと気配を
感じて戸口を見れば、いたずらなそよ風がカーテンを揺らしてた・・・。
な〜んてこと ありがち。。。
学生の頃この歌がきっかけで万葉LOVEになった方多いと思う。。
待つ歌では最も有名な歌とされる。いにしえの当時は通い婚・・夫婦別居が原則・・・なのでここでの“待つ”は単に待ち合わせで相手を待っているのではなく、、もっと官能的な部分の・・・恋人の愛撫を待っているのです。。。受け取り方は自由でよいと私は思う。。学生時代の淡い恋心・・・・是非大切にしていただきたい。。お互いの体を知りえない間のドキドキとかワクワクとか・・・気恥ずかしい妄想・・とても素敵な時期だと思います。。無理にオトナになる必要なんかない。。この人ならと思えるまで相手を待たせたらいいんだと思う。。。
この歌を私は好きになった人からメールされたことがある。。。
思えばあの頃はよかったなぁぁぁぁぁ。
なんていう私がいうのだから間違いない!!
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