2006-10-14



今日は目に入った素敵な言葉ばかりを書きます。


 〜HELLO AGAIN より〜

  この世に起こることはすべて

  いいことにも悪いことにも ふかい意味がある

  大切なのは その出来事から学ぶことなんだ 


   Whether it`s good or bad,
  Things come to us with a purpose.
What`s important is to learn
Something from what has happened.


〜Listen To The Wind より〜

 ものごとをなしとげるコツを教えてあげよう

  集中、反復、継続だ

 目的をしぼって集中する
 
 くりかえしチャレンジしトライしつづける
 
 それができたら 結果はどうあれ

 君は人生に感動できる !!




      こころが疲れてしまったら

      澄み切った青空を見上げなさい
     
      さわやかな大空を吹き抜ける風になりなさい

      森の静けさ、小川のせせらぎ

      清らかな朝露に 溶けこんでしまいなさい

      こころの癒しには 静寂と孤独が必要です    


 葉祥明氏の絵本からです。
数年前、“生んでくれてありがとう”と人の薦めで出会い、
一言、一言が息子の心の声のような気がして号泣してしまったことを思い出します。
 それ以後、なるべく目をそらさず、静かに現実を凝視するようになりました。



2005-10-29




秋の野の尾花が末に鳴くもずの 

      声聞きけむか片聞け我妹

                         万葉集 巻十・二一六七 作者不詳


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 -秋の野の をばながうれに なくもずの 声聞きけむか 片聞けわがも-


  あなたも今頃、独り聴いているのでしょうか・・
  実は私も今、独り聴いているのですよ
  出来ることなら
  一緒に居て聴きたいと願っています


本当は百舌鳥の泣き声を聞いて、、
“あぁ私の好きなあの人もこの声を独り淋しく聞いているのだろうか・・”
といった感じなのだけど、どうしても秋の夜長、音楽を聴いて相手に思いを馳せるひととき・・・
という風にしたかった・・・(切望)。。
・・・というのも最近音楽を添付するようになったからだ。
もちろん、彼との専用blogにだ。
以前はこういうことはすぐに反応する彼であったが、近頃は全くのスルー。。
わざとスルーしてるんじゃナイのと思うほど別の話題にふってくる。。。(ほんと悪い傾向だ)。。。
でも自己満足で勝手に添付したのを自分で時たま聴いて喜んでいる。
めげずまたいいのがあったら添付することにしょう。。(余談)。

 尾花-をばな- はススキ 花穂が獣の尻尾に似ているため尾花と呼んだ。
 ススキは、をばな・かや・み草の名ででてくる。色んな呼び名があって、同じ意味の言葉でも
読み手の心持ちや季節なんかによって使い分けされるのだろうか。。 そういうのが好き。

百舌鳥-もず-という鳥は一夫一妻といわれている。
つがいになった二羽は藪の中に巣をつくり卵を産んで共に子育てをする。
けれどどこかの研究でつがいの雛の遺伝子を調べて見ると、育てていたオスの子ではない子供が結構いることが判明。一部のメスはつがい相手以外の子を産んでいることになる。。他人の子とも知らずに育てているオスは結構いるのだ。
コレを人に置き換えて考えるとなんだかゾクゾク背筋が寒くなってくるけれど、、鳥のお話。。。






2005-10-22



わがこころ焼くもわれなり

   はしきやし君に恋ふるもわが心から

                          万葉集 巻十三・三二七一  作者不詳


    自分の胸を彼への思いで焦がすのも
    思いを疑うのも
    嫉妬する心も
    そして貴方への思いで苦しんでしまう私も
    すべては自分の心からでるものなのよ


 苦しみの中で自分の気持ちとどう折り合いをつけるか・・・すごく難しいけれど、、これを通り過ぎないことには前へは進めないように思う。
切ない片想いの歌に詠めるのだけれど、、実はこの歌には長歌がついていて、その長歌を読むと凄まじい嫉妬にからんだ泥沼の状況が見えてくる。。嫉妬と怒りと屈辱と悲しみに悶え泣き叫びながら狂いそうな自分と向き合う女の像が見えてくる。

そういえば・・・
私には初めから嫉妬も怒りも悲しみもナイな・・・何をいったい苦しむことがあるのだろう。





 徒然なるままに・・・・たわごと -16-

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2005-10-04




庭草に村雨ふりて 

蟋蟀の鳴く声聞けば秋づきにけり

                      万葉集 巻十・二一六〇   作者不詳

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    蟋蟀-こおろぎ-

   庭草ににわか雨が降って
   涼しき風など吹き
   コオロギが鳴く声を聞くと
   あぁ 秋らしくなったなぁと気づくことよ


「秋づく」っていい感じ。。秋が近づくのを実感する言葉。「春めく」というのも好きだなぁ。。

今日は“紅葉”を書こうと、、(万葉集では“黄葉”と書くのがほとんど)
いいお天気だった朝からそう決めていたのだけれど、、
ズンズン午後から雲が広がり、、今こちらは雨・・・・・にわか雨どころかまとまった量の雨が
ずっと降リ続いている。。
“秋の雨”は気分が滅入ってしまいがちになるので、あまり好きではない。
昼間なのに外は薄暗い。。。午前中より肌寒く感じる。。。なんとはなしに心淋しい。。。

古人は“にわか雨”が降って“コオロギ”の鳴く声を聞くことで秋らしくなってきたのを実感した。。
ならば、、今の時代を生きる私は・・・秋といえば、“ポトフ”・・・シチューな家庭もあるかな・・・。
心に隙間風が通る前に、カラダの芯から温っかになって淋しさを優しい気持ちに変えよう。。。
・・・ということで昼間から弱火でコトコトと煮込み中・・・
ちなみに・・・
多めの鶏がらに北海道のジャガイモ・・・(ありがとう〜♪) たまねぎ・あらびきソーセージ・・・
ここまでは丸ごと入れます。。。あとニンジン・・ブロッコリーなんかも美味しい♪
鶏がらが多いので、コンソメ少々・しお・コショウでひたすらコトコト・・・
ジャガイモ・ホクホク、たまねぎ・トロトロ。。。
秋の雨もいいもんだなぁ・・・ととりあえずは食べ物から実感。。。
恋心も今日はお休み・・・食欲の秋でございます。。。。





2005-09-02



 恋草を力車に七車

    つみて恋ふらく吾が心から


              万葉集 巻四・六九四  広河女王

 
 恋草-こひくさ- というのは恋を草にたとえた言葉。

万葉の人は心に草が生えると考えていました。。
夏に生えるのが夏草。恋をすると生えるのが恋草なのだ。。

私の心に生えた恋という草は、刈り取ると大八車に七台分。。
こんなになった重荷にあえいでいる私の苦しみは、すべて私の心持ちから起こったことなのです。・・・お分かりくださいますか?

恋の苦しさから逃れたい・・・好きな相手と結ばれたい・・
万葉集の歌の多くは、こういった願いが籠められている。。
けれどこの歌にはそういった叫びのようなものが感じられない。。
“相手に逢いたい”と願うより以前に、じっと静かに誰にも知られず・・
自分の心の中の恋の苦しみ自体をじっと見つめている。。
またそうした心境は今の私のソレに似ているような気がする。。

1200年から1600年ものはるか昔、、
“恋の重荷”という発想をいちばん早く詩として捉えた歌。。
それほどの長い長い時代を経て、なおみずみずしく、率直に、今の時代を生きる私の心の
あり様をズバリ言い当てられたような気分にする。。
心の持ちようで、恋の重荷は重くすることも軽くすることもできる。。
心に繁る恋草を刈り取ってしまわずにそのまま草ボウボウ生やしておく・・・ってのはダメかな?
いつまでたっても恋草は、心に生やしていたいと思うもの。。





  徒然なるままに・・・・たわごと -3-

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2005-09-01



言霊の八十のちまたに 夕占問ふ 

        占まさに告る 妹は相寄らむ



                   万葉集 巻十一 二五〇六  柿本人麻呂

  
 -ことだまのやそのちまたにゆふけとふ うらまさにのるいもはあひよらむ-


言霊は言葉のもつ霊力。
古代は言葉そのものに神が宿るとされたから、道ゆく人の言葉を聖なるものとして占う基準にしたらしい。。。
“八十のちまた” は道が四方八方に分かれていて人の行き来が多いところ。
“夕占” は夕方、辻に立って道行く人の言葉で吉凶を占う。辻占ともいう。
夕方なのは、夕暮れ時は霊力を得るにもっともふさわしいと考えられたからという説が。。
そういえば、お墓まいりは夕方なんかにするものじゃない。。。というし、午後よりは午前中に出来れば行きたいものだ。
夕暮れ時のことを「逢魔が時」というから、なんだか気味が悪い。。

さて、この歌は男性が占っている。。好きなアノ子が自分に好意を寄せてくれるかどうかを占う。。
そしたらピッタリ・バッチリ思い通りのお告げがあった。。
    やったー! わ〜〜〜っイ!!
現実はどうなるかなんてわからないのに・・・けっこう単純よね、、、


ちなみに・・・
小さい頃、お花畑の真ん中で・・好き・嫌い・好き・嫌い・・・っていうの! 
これでもかっっっていうくらいよくしていた思い出がある。。
今の都会の子供には難しいんだろなぁぁぁ。。

さて、私は占い屋さん・・・というのも変だけど、、お金を出して占ってもらったことが一度もない。。
お遊び程度に友達にみてもらったり、その手の本を一緒に読むことぐらい・・・
そういえば、最近ネットでもかなり細かい自己分析ができる占いがある。。。
勧められて・・・わざわざメールでアドレスを知らせてくれて、、結果まで聞かれるし、、ですることは多々ある。。。そんなときも、良い事書いてあれば♪ラッキー♪・・悪い事がでれば♪忘れちゃう♪って感じだ。。
あんまり好きというほどではないみたい。。
細○○子の六星占術っていうのは有名だけど、私も本を読んだことが一度くらいはある。。
けど自分が何星人か判らない。。ご丁寧に教えてくれる人アリ・・・
“あーそーだっけ”と思い出してもすぐ忘れる。。。いまだに、火星人だったか・・土星人だったか・・・冥王星人っってあったっけっ???・・・・・・・マジ頭悪いかも。。

いずれにしても、占いは“当たるも八卦当たらぬも八卦”
占いの言葉に一喜一憂させられることはなさそうだけど、
好きな相手の言葉には度々一喜一憂してしまうんだなぁぁ。







2005-08-18



秋きぬと目にはさやかに見えねども

風の音にぞおどろかれぬる


古今和歌集 一六九  藤原敏行



処暑の頃(8月23日ごろ)の代表的な歌・・・


秋がきているなんて、目にはみえないこの頃だけど
風の音に はっと気づかされる・・・


毎日熱い日が続いています。。
真っ青な空と照りつける太陽をみて秋の気配などちっとも感じないのだけれど、北海道に住む友人からメールがきた。。
北海道の今朝の気温は16℃・・・最高気温24℃。まさに秋の気配を肌で感じ、ジャガイモの収穫の始まりに目で秋を感じている。。。とのこと。。
こちらも朝夕くらい涼しくなれば“もう夏を終わりだなぁ”なんて感じれるんだけど、、
けれどここ数年、“夏の終わり”がとてもせつなく、もの悲しい気持ちにさせる。。
とくにこの頃の沈む夕日は美しいけれど、胸がキュンとなる・・歳のせい?? 

北海道に住むこの友人・・・とても素敵な人です。。
それか゛・・・やっぱり・・・とても熱く・・豊かな恋をしている。。。
毎日清清しい朝を向かえ、夜は今日もありがとうの感謝を胸に眠る。。
充実した日々を過ごしている。
決して派手ではないけれど、自然を感じ、命を感じて過ごしている生き生きとした彼女に同性の私の目にもとても魅力的な女性に映る。
そしてこういう人は愛される。。

遠く離れているけれど、彼女を思うたび、女性の美しさは外から作るものではなく、
内面から滲み出てくるものだと改めて思う。。



野の花

2005-08-16



夏と秋と 行き交ふ空の 通ひ路は

          片方涼しき 風や吹くらむ


                 古今集 夏・一六八     凡河内躬恒

なつとあきと ゆきかふそらの かよいぢは かたへすずしき かぜやふくらむ



古人は季節の移ろいを「行き交ふ空」とか「行きあひの空」と表現する。。 
美しい表現です。。四季はくっきりと区別できるものではないから・・、
夏には秋が・・・秋には冬が・・・冬には春が近づいている。。
そういったくっきりとはわからないけれど空をとおり道にして“行き交う”。。
若さに老いが・・・生には死が・・・忍び寄ってきている。
人も心持ちも不変なことなどない・・・人の気持ちも移ろうんだと思うな。。



立ち直りゆきたし君の背離さへ

        一つのアンチテーゼとなして

                       大西民子

 -アンチテーゼ-
 ある理論・主張を否定するために提出される反対の理論・主張。

ちと難しいな。。。
反骨精神みたいなものかな?

作者に起こった現実である「背離」-はいり-互いの感情が離れること- は・・・
恋愛結婚で結ばれた夫が、他のオンナのところへ行って帰らなくなってしまった。。。そしてその二年後突然夫が新しい女とも上手くいかず、彼女の前に現れる。。。オトコの一番見たくない弱さをしょって自分の前に現れる。。。身勝手なオトコ。。。
そんな時、作者は責めることなく、現実を見つめて静かに行動する。。
彼の背離をアンチテーゼとして得たものとは何なのか・・・。


恋愛によって伴う苦しさって様々で、出来ることなら誰でも悩まずに楽しい恋ばっかりしていたいものだ。。。
でも特にオンナは恋愛において苦しい思いをしてしまうことが多々あると思う。。。
思うように逢えない辛さ・・・
第三者への嫉妬・・・
相手の心に見えない不安・・・

それらの苦しみの大きさは恋愛の重さに比例するものではないか・・・
苦しみ多かったほど相手から突然「逢いたい」のメールや
抱きしめられた時の喜びはひとしおだったりする。
痛みが多い分、心が得るものも多くはないだろうか。。


ちなみに近頃の私はかなりスッキリしている。。。
理由? 
逢ったときにおもいっきり相手を愛することができたからふふっ なんてねっ

他に可愛いと思っているひとがいても“おあいこよ”と思ったり
“たまに逢えたらいいやっ”なーーんて思いはじめたら、
痛みも少ない分、心が得るものもすくなくなるんだろな。。。
ちょっとヤバイかな・・・・。

あんなに好きだったのに・・・・

    ひとの心も行き交うのだ。。。




theme : 恋愛
genre : 恋愛

2005-08-10


歎けとて月やは物を思はする

かこちがほなる我が涙かな




                        千載集より  寂超法師



「嘆きなさい」と言って、月が物思いをさせる訳はない。
それなのに悲しいのを月のせいにするかのように、流れる私の涙だよ。



月前の恋といへるこころをよめる・・という詞書があるので、恋の歌かな。。
作者が(恋人の訪れが間遠になったことを嘆く)女性の立場で詠んだ、という解釈が一般的。待てど暮らせどあの人は来ない。夜はどんどん更けてゆき、月の光は皓々と照っている。夜はあまりに美しくて、涙が出るのはそのせいなのよ。ってな感じ・・・・。


思うあの人が振り向いてくれないのよぉぉ。。なんて“よよと”泣くのは好きじゃない。。。
恋に切ないのもいいし、やるせないのもいいけれど、人を好きになること、、なったことで、泣くなんてことあまりしたくない・・。と思うのも歳のせいか・・・。



私にはこれでもかっっと思うほどの悲しい出来事がワンサカ大挙して押し寄せてきていた時期があった・・。なんでこんなに一気にまとめてくるのっっ? って不思議なくらいに。。
「私って不幸だわぁ〜」と思っていては終わりが永遠に来ない気がして、、
物事を好い様に考えることに努めていた・・  あのころ

絶望に打ちひしがれていても、、時に人は笑顔になれるし楽しいと感じることだってできる。。
だから生きていける、、耐え難いと思われる日々でも楽しいと感じることはできる。。
心の持ち様で笑顔で過ごせたりもする。。
悲しいことって大きいものから小さなものまで様々で、その人の捉えかたで随分違う・・・
悲しいことばっかり起きるわけもないし、なければないに超したことはない。。。
悲しいを楽しいで相殺するっっていうよりは“悲しいが薄まる”ように思っています。。。
         (コレも人それぞれですけどねっaquaさん)
泣くだけ泣いてスッキリするのもよし・・・けれど辛いな・・・悲しいな・・・って時でも小さくっても
楽しいことみつけて笑顔で過ごす方が自分のためにも周りにとってもよい感じ。。。。
。。私のプラス思考。。
何やっても上手くいかなくて凹むことはあるけれど、
弱い時こそ強くなる・・・ひょっとしたら自分が変われる時なのかもしれない。。。。

そんなこんなで辛い・・悲しい・・と思っていた頃、よくお月さま見あげてたなぁぁぁ・・・

   。。なんて綺麗だろう・・・って。。

来年の今頃、私は幸せな気持ちで眺めてたり出来るんだろか???って  笑

今は・・・丁度その一年後・・・

美しいな・・・とウットリ眺めています。。。
お月さんでも沈む夕日みてでも泣けますっ←感動の涙はよいんですっ 爆
恋するオンナは何みても(私はとくに・・)感動するのです・・・。


 
ここだけの話し・・・
私の人生、最低最悪大ピンチの最中・・・好きな人に出逢います・・・






aquaさん・・・
無断で記載させて頂きましたよー。
お返しだっっ  笑


theme : モノの見方、考え方。
genre : 心と身体

プロフィール

shie

  • Author:shie
  • 古典を今の女性の心に照らして色んなお話書いていきたいと思っています。。
    古典の捉え方には個人差がございます。未熟なところがあるかと思われますが、自分勝手な世界観に浸っておりますので、お見逃しくださいませ。。


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