2007-10-06
唇をよせて言葉を放てども
わたしとあなたはわたしとあなた
阿木津 英
熱烈に肌を合わせ、熱い想いに舞い上がっている時も
逢えなくて話せなくて、おまけに言葉も交わすこともなく
相手はいったい何を考え、何に熱中し何に冷めているのか
何に幸せを感じ何を支えとし何に喜びをおぼえているのかを知るすべもなく
ただため息をつく時も
“わたしとあなたは私と貴方”なのだ。
彼女や妻と別れる気もないのに Kiss・sexに及んだり甘言を吐いたり、
つき合う気もないのに食事やデートの誘いを断らなかったり
友達になりたいわけでもないのに、友達以上なたより方をする。
女側にしてみれば、デートを重ねればそれが交際に発展するのだと思い込むし
ひょっとしたら恋人より身近な友達という存在もあるかも・・と錯覚する。
一見片思的でいて99%男側がこうした好意にこたえるアクションを起こしている。
(記述は不正確です)
角田(光代)サン、、云ってくれるじゃないの。。と思ふ(笑)
確かに。
食事もデートもなし、連絡も軽口もなし、一切無視なら
きっぱりあきらめて他所に感情の矛先を向けるよな。
気持ち正して、清清しく心を洗う・・洗いながら此処まできた。
時々毒も吐く。。ひとり・ひっそり、吐くといっても頭のなかで・(小心者)
ときどき、自分の足元をじっとみる。
自分の置かれている最低時点を凝視する。
それでも “わたしとあなたは私と貴方” と
二人遠くの同じものを見つめながら感じながら進んでゆく錯覚と
二人向き合い絶望と落胆に心をついやす今がある。
“片思い”というのは実は男のものだという。
なぜなら、女は数%の望みのない相手をずっと思うことはしないからだそうだ。
ああ・懐かしい・(笑) つれづれなるままに。。
2007-08-02
黒髪のみだれもしらずうちふせば
まづかきやりし人ぞ恋しき
後拾遺755 和泉式部
思い乱れ髪を乱したまま床にうちふす・・・
その時まっ先に恋しく思い浮ぶのは
わが黒髮をかきやったあの人のこと
夜な夜な目が覚めたり早朝に目が覚めたとき、
思いのほか寝苦しい夜だったりすると
汗に乱れた自分の髪に、アノ夜を思い出し
感触まではっきりと憶えて忘れない。
私は此処にも書いてきたし
好きな人へもずっと思うことを書いてきて・・
終わるかな・ もう終わりかな・
と幾度も思うけれど
そのたび、彼の言葉に“終止符”をうつ、その後の虚しさだけが残ることに
何の意味があるのだろうと結局思いなおす。
“終止符”をうって次へと思えない年齢であるし、相手の人柄です。
くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪
かつおもひみだれおもひみだれる
私のくろ髪がみだれます。
そして同時に思いはみだれるのです。
与謝野晶子。
鉄幹との愛に生きた人の歌です。
11人の子供をなし、それでも恋心を保ち、彼を失って後
少しも色あせない恋心のある歌を作り続けます。
もしかしたら、書き続けていたことが恋心から離れることができないで
萌える炎を消さずにおれた所以ではないか。
書く・・という作業は心の整理にもなるし、
愛情を冷まさないで保つ作用があるのではないか。。と考えるこの頃。
つれづれなるままに・・・
2007-04-03
春芽ふく樹林の枝々くぐりゆき
われは愛する言ひ訳をせず
中城ふみ子

『愛する言い訳』っているのだろうか。
ふと考えてみる・・言い訳を。
誰に言い訳するのではなく、自分が彼を愛した言い訳。
今もどのくらい愛しているか、他の誰も知らない。
自分自身だって知らないのかもしれない。
彼と初めて結ばれて、即メールで書いたことがあるのだ。
『愛しています』
『愛』というものが
ボロボロになっても棄てることができないもの。
自我の区別なくして愛しいと思えるもの。
であるとするならば、
・・・自分の子供以外に当てはまるものはないな。。と。
それに勝るものはないのです。
随分浅い考えが云わせた言葉と恥ずかしくなるけれど
それはそれで
今はそのときのあんな感情を抱く自分も優しく眺めている・
言葉にしなくちゃ相手に伝わらない。というけれど、
言葉にしないで伝わることがあるならば、
それはなにより深く相手の記憶に入り込むのだろうな。。。
樹林の枝々に春芽が芽吹くことに意味なんてありますか?
好きだという感情に理由なんてナイ
誰に言い訳する必要もないし、誰に止められるものでもない
2007-04-02
たとふれば心は君に寄りながら
わらはは西へでは左様なら
紀野 恵
別れの歌。
このような気分になるときはある。
たとえば・・
思いのつながりを感じないとき。
相手の苦しみを感じつつも肩に手をやることすらできないとき。
傷つきたくないが為先走り、思いを清算したい衝動に駆られるとき。
エイプリルフールであることを後ろ盾にして
いっそはっきり・あっさりと一度気持ち捨て去る覚悟を決めたとき。
(ちょっとリアルすぎ?? 笑)
たとふれば・・
今の二人の立ち位置を喩えたならば・・
“心此処に限りなく寄り添いながら
体は反対の方向を向いて・・ はいサヨうナラ”
“ハイ・さようなら”といえる潔さ。
たとえ愛情と友情を着地点とする恋愛でも
こういった思いを心の片側に抱いている方がある意味いいのかもしれない。
今まで築いてきた相手との繋がり、心の葛藤諸々・・
関わり合い方のすべてを一度棄ててみるのもよいかもしれない。
もしも、惹かれあうものがなにも残されていないなら『左様なら』だ。
『左様なら』の意味も解さない相手なら
それはそれで仕方ないことだと言い聞かせる。
『じゃ・・また』ではなく『左様なら』と書いてみた。
二日続けで早朝にレスが届く。。。
・・・とここで、、つれづれなるままに。
2007-03-18
近江の海 辺へたは人知る
沖つ波君をおきては 知る人もなし
作者不詳
あたしの心の浅瀬は誰もが知っているけど
心の奥の波立ちはあなた以外に知る人はいないのよね
いや・本当のところ・・・
私の心の奥にあるものなんて 自分でもわかっちゃあイナイのかもしれないわ
だから・・オトコとオンナは惹かれあうのだろうか。
そんな風に感じているこの頃。
相手の知っている部分、現在わかっている部分を好きでいて、
なおかつ解ろう・・と努力することが惚れているということだとしたら、
分からない部分がいつまでも好い関係でいさせてくれるのだと納得てしている。
・・・で、つれづれなるままに・・・
2007-01-06
新年あけましておめでとうございます。。。
随分身勝手な亀更新ではございますが、
旧年中の私は思うことを“書く”のではなく
“心に溜める”ことが多かったように思います。
書けば発散できるものを、敢えてそうしなかったのは
心の中に閉じ込めて、ちょっとのことも逃がしたくない気持ちが
そうさせたのかもしれないと、、ちょっと臆病になっていました。
それは恋だけの問題ではなく
色んな自分に関わることが分岐点を前にしているようで
その選択に戸惑いもあったのです。
生きていたら誰しもが経験する事柄であって何も特別ではありません。
目前のことに一つ一つ向き合うしか答えはナイのがわかったから
悔いの残らないように今年も頑張ります。
そうすれば道も開けると信じています。
これ以上近づけない悲しみ。。
これ以上離れることはない喜び。。。
距離感の間に流れる空気に幸せ感じて過ごします。
約束の果されぬ故につながれる
君との距離をいつくしみをり
辻 敦子
本年もよろしくお願いいたします。
2006-11-05
目に近くうつれば変はる世の中を
行く末遠く頼みけるかな
見るまに変わってゆく人の心を
どうして行く末までもと信じていたのか
源氏物語より〜 紫の上
光源氏に最も愛された紫の上の歌。
彼女は愛することに疲れてしまったのでしょうか。。
源氏と恋仲になり、その恋に身をやつし苦しんだ女性は
そのほとんどがゆくゆく出家という道を選んでゆきます。
出家を切望してかなわなかったのがこの紫の上です。
これほど愛された女性はいないにも関わらず
彼女は出家すら叶わないでどんどん病んでいく。
近頃では悲しい女性というイメージが付きまとう。
一途であるということが苦しみの始まりなのかな。
一途になれるというのは簡単なことではない気がします。
いえ・長い間、そうであるべき。そうとしか考えられない日常を送ってきたけれど。
恋というものを知ってのち、気持ちがゆらゆらガタガタしだして
全く一途になれなくなって、私は何者? とわからなくなって。。
人を好きになることは、
その人と同じ方向をみて歩くこと。。。
その人ばっかりを見るのではなしにね。
そんな風に考えるようになった。
時たま声を掛け合いながら
目の前に立ったときは
恥ずかしくない自分でいたい。
源氏のまえでは
心の不安も孤独も嫉妬も表にはしなかった女性。。
私は、ほんとはこんなことを考えていたのよ。。ということ。
自分の心の奥底を知らせたい・・と思ってしまう。
会えない間柄であり
気持ちを許した関係だからこそ
みせられるもの。
愛されている実感より
愛しているという実感にめぐりあえてよかった。
2006-10-04
瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の
われても末に あはむとぞ思ふ
崇徳院
川の流れが速いので
岩にせきとめられる急流が 二つに分かれても
また一つになるように
あの人と今は別れているけれど
いつかまたきっと出逢うことになる
竹内結子・妻夫木聡で映画化された『春の雪』の中で
少女が少年と百人一首のカルタとりをする場面。
自分の好きな歌だと教えるのがこれである。
これから後、自分たちを取り巻く環境・情勢がどんなになろうとも・・
その激しい流れが凄まじい勢いで二人を押し流し・引き裂くことがあったとしても・・という予感。
きっとまたいつか、それでも二人は引き寄せあう運命にあるのだ・・とする確信。
そういったものを、この歌に込めて
少女は少年にこの一首の下の句の一枚を持っていて・・と渡す。
三島由紀夫原作 『春の雪』 は長編 『豊饒の海』・四部作の最初の一部である。
悲恋・赦されざる恋の悲劇・・というだけではなく
美しい情景描写。心理描写の表現。。
日本語・・って素晴らしい。。。と心から思える言葉。
頭の中に映像として流れるほど、その世界観は広がりをみせる。
次は2部へと読み始めるところ。。。
古典的な素敵な表現があったら・・・と楽しみも広がる。
つれづれなるままに。。。 -43-
2006-06-25
白香付く木綿は花物言こそは
何時のまさかも常忘らえね
万葉集 巻一二・二九九六 作者不詳
-しらかつく ゆふははなもの ことこそは いつのまさかも つねわすらえね-
語感が心地よい歌であると思う。
まさか -真枝のように-
ふわふわの白い綿の花
つかめそうでつかめなくて
も一度見たさに振り向けば
もう其処にはいないかも
忘れられない言葉というのは
美しく確かで真実味に溢れている。
目で見るものは一瞬の儚いものではあるけれど
貴方の言葉は永遠に。私の心に刻まれる。
シンプルに考えろ。。といわれても・イロイロもろもろ考えることは無いといわれても
私の心の中に残って、時々其れは顔を出す。
過ぎた日の言葉であり、今の彼が発する言葉ではない。
そんなものに改めて感動したり、傷ついたりするのは馬鹿馬鹿しいことだけど
何度も何度も 取り出してみては噛みしめる。
“逢わない時間が愛育てるのさ〜♪” とか郷ひろみが歌っていたけれど(古っっ)
逢わない時間が増えるほど、また一からの勇気が必要になる。
自分のためだけの・・自分本位の勇気が。
いっそ誰かの為ならば何も考えず行動に及ぶのに。
それだけの勢いがない。
相手の苛立ちがすこしわかる。
『逢えたら奇跡』 と言葉にした。
言葉にしてはいけなかったような気がした。
つれづれなるままに -39-
2006-05-24
海の底沖つ玉藻の なのにその花
妹とあれと ここにしありと なのりその花
万葉集 巻七・一二九〇 作者不詳
“海” と書いて “わた” と詠む・・ ワタノソコ・・ なんかイイ。
「なのりそ」とは 海藻の一種 ホンダワラ。 「な告りそ」に掛けている。
海の沖になびいている玉藻のなのりその花
愛する人と私が 今此処にいる・・ということを
人には知らせないで
そっと・ひそやかに育みたいのだから
海藻なのに“花”をつけるのか・・(?) と思う。
これは相手に対する美称なのだそうだ。
噂になっては大変なこと。。隠すのが当然なのだと知っているけれど
誰一人として知らないのは・なんだか淋しいしもったいない気さえする。
私はとても素敵な恋をしてるのよ〜 とか笑
密やかに淡い恋に身をやつしているのよ〜 なんて、、いわないか・・・笑
でも・つい、“実はね、、”と話してしまいそうな衝動に駆られることがあったりする。
イケナイ・イケナイ・・・ と
人に話すと、その魔法はすっかりとけてなくなってしまう様に・・
口にしては壊れてしまう呪文のように・・
“実はね・・・” という言葉を封印する。
けど・・私は此処で書いてしまっているし、
事情をきいてもらえる有難い方たちが此処にいるのだし。。・・
そのおかげで心の安定が随分測れるのだ。
恋する人の微妙な気持ちは・・海藻にだって花をつける・・のだそうだ。
伊勢物語もなかなか面白い。。というよりエロティック!?
またエントリにしてみようと思う。。
2006-01-10
気ままに・・・・現代短歌です
ぽっかりと我らの席は闇に空き
リア王一幕始まりていん
中津昌子
去年のことはリセットして・・・振り返りはしないわ!
の一年の始まりに・・・思い出してしまう歌である・・笑
3ヶ月も前にチケットをゲットして。
季節は夏。。公演は秋。季節の変わり目をあれほど楽しんだことはない。
ともに行こうと誘った相手にこの話は少しもしない。
もう二度と、私からは言わないと決めている。。いやちょっと意地になっている。
相手もきっと行きたかったには違いないが心の底では小悪魔が囁く。。笑
あの日・・相手はかなり忙しかった。
それでも“行くから。。”と“行けることを祈っていて。。” と言っていた。
仕事の現場から出るに出られず、それからあと4日間もその場所に留まっていたのだから
相手を攻める理由などさらさらない。
けれど、、私のなかに、相手は行けなくなって実は “ほっ” としたのではないか?
と思う・・・というか疑う気持ちが消せないでいる。
相手の気持ちが透明でないにしても、誠実さを感じる今でもそれは変わらないでいる。。。
さて、
この歌の作者がこの歌についてこんなことを言っていたらしい。。。
『完璧に愛するためにはあなたも私もいない方がいい』
この公演がはねたら・・・のお話。
食事をしょう・と約束していた。
私は相手が次の日に朝早くから会議があるのを気遣い『即行で帰ってもいいですよ』と返事した。
“そう、では即行で帰りましょ・・”などと相手も冗談交じりで意地悪な返事をした後で
でもせっかくだから食事はしましょうよ・・ということになっていた。
もし、、あの時逢っていたなら・・・
素晴らしい公演を堪能して共に素晴らしい余韻に浸り、
楽しい時間を過ごせて満足していただろう。。。 か
・・・完璧に愛している時間をおくれただろうか・・・
ちょっと大袈裟かな〜。苦笑
でもあんなことを言わなければよかったという思いと共に
逢うときは完璧に愛している状態で逢うべきだったと今だから思う。。
精神的に愛している状態。
徒然なるままに ・・・ たわごと -28-
ぽっかりと我らの席は闇に空き
リア王一幕始まりていん
中津昌子
去年のことはリセットして・・・振り返りはしないわ!
の一年の始まりに・・・思い出してしまう歌である・・笑
3ヶ月も前にチケットをゲットして。
季節は夏。。公演は秋。季節の変わり目をあれほど楽しんだことはない。
ともに行こうと誘った相手にこの話は少しもしない。
もう二度と、私からは言わないと決めている。。いやちょっと意地になっている。
相手もきっと行きたかったには違いないが心の底では小悪魔が囁く。。笑
あの日・・相手はかなり忙しかった。
それでも“行くから。。”と“行けることを祈っていて。。” と言っていた。
仕事の現場から出るに出られず、それからあと4日間もその場所に留まっていたのだから
相手を攻める理由などさらさらない。
けれど、、私のなかに、相手は行けなくなって実は “ほっ” としたのではないか?
と思う・・・というか疑う気持ちが消せないでいる。
相手の気持ちが透明でないにしても、誠実さを感じる今でもそれは変わらないでいる。。。
さて、
この歌の作者がこの歌についてこんなことを言っていたらしい。。。
『完璧に愛するためにはあなたも私もいない方がいい』
この公演がはねたら・・・のお話。
食事をしょう・と約束していた。
私は相手が次の日に朝早くから会議があるのを気遣い『即行で帰ってもいいですよ』と返事した。
“そう、では即行で帰りましょ・・”などと相手も冗談交じりで意地悪な返事をした後で
でもせっかくだから食事はしましょうよ・・ということになっていた。
もし、、あの時逢っていたなら・・・
素晴らしい公演を堪能して共に素晴らしい余韻に浸り、
楽しい時間を過ごせて満足していただろう。。。 か
・・・完璧に愛している時間をおくれただろうか・・・
ちょっと大袈裟かな〜。苦笑
でもあんなことを言わなければよかったという思いと共に
逢うときは完璧に愛している状態で逢うべきだったと今だから思う。。
精神的に愛している状態。
徒然なるままに ・・・ たわごと -28-
2006-01-08
我が屋戸の松の葉見つつ我待たむ
早帰りませ恋ひ死なぬとに
万葉集 巻一五・三七四七 狭野茅上娘子 -さののちがみおとめ-
はやく、私の元に帰ってきてくれないと、
私は恋死にしてしまう〜!
すごくカンタンにいってしまえばこういうことなのだ。
本来はこの “待つ”ということ自体が相手への思いを一層膨らませる材料にもなるのだ。
けれど、じと〜〜 っと相手の誘いを待つことほど自分が嫌になるものはない。
イライラ“待つ” のではなく、どうせなら・・
いつの日かくる再会をワクワクした気持ちで待ちたいもの。
その日まで自分の生活を前向きに過ごしたいもの。。
できればそれまで、相手の存在を忘れるほど何か別のことに没頭していたいもの。。
これがなかなか難しい時があるのだけど。
狂おしい“待つ” という思いも・・そんなのが全く無い日常の方がより苦しいのだ。と詠う・・
待つといふ苦しきことを知らぬ身と
なりたる今日のあはれなるかな
原 阿佐緒
性急に“答え”を出さず、じっくり“答え”を “待つ”ことをしてみよう。
徒然なるままに ・・・ たわごと -27-
2006-01-01
霜の上に霰たばしり いや増しに
吾は参来む年の緒長く
万葉集 巻二十・四二九八 大伴宿禰千室
霰たばしり・・・あられが降る
霜の上にあられが飛び散るように
どんどんますます
これから先もいつまでも
私は貴方の元に参りましょう
7月の終わりから始めたblogも年を越そうとしています。
書くことができずに凹んでしまったこともあり
更新もすっかり飛び飛びになってしまいました。
不思議なもので気持ちが重いときや落ち込んでいる時は
やはり後ろ向きな・・・片思いに身をやつした・・
そんな歌を選んでいる自分がいます。
心うきうき晴れやかな時は前向きで情熱的な歌を・・・と。
読み返すことは滅多と致しませんが、、
心の移り変わりとともに解釈も捉え方も微妙に変わってゆきます。
愛しい人であっても、大切な人であっても
向き合うその時・・・その時の気持ちは二度と戻ってはきません。
後悔の無いように・・・
大切にして生きたいと思っています。
コメント頂いた皆様・・・
ありがとうございました。
そして・・来年もよろしくお願いいたします。
時刻はもうすっかり新年に突入しています。。
よいお年になりますように・・・
また素敵な恋のお話を致しましょう。。。。
2005-12-27
今日も古典はお休みです。
ちょっと・・・ 徒然なるままに つづき!?・・・ たわごと -26-
あんまり恋愛に夢中になっている時には何とかして恋人を、あッ! と言わせてやりたい。
私はこんな気でいるのよ、と言うことを、思いきり知らせてやりたい。
相手がはっきり意思表示をしなければしないほど、
あッ! というほどこっちの気持ちを見せてやりたい。
と思うものですけど、この考えくらい、恋愛にとって禁物なものはない。
恋人の臆病な気持ちをそっとしておきましょう。
ムリヤリに相手の気持ちを自分の思う通りにネジ向けようとするのは止めましょう。
恋人の臆病な気持ちをオドロカスのは止めましょう。
以前は恋人(=愛しい人)に対して、自分の思いを切々と綴ってきたし、話してきた。
それが正しいとかそうでないとか全く考えず、毎度毎度、自分の思いを押し付けにしてきたと
思うことがある。。反省の意味合いも込めて。。
それに答えを求めていたのにスルーにされると切ないし苦しい。
その繰り返し。
相手の気持ちをヒヤッとさせる言葉は愛の言葉ではない。
心があったかくなるような言葉ではない。
昨日から心の中で繰り返し唱える。
恋人の臆病な気持ちをオドロカスのは止めましょう。
こんな当たり前のことを唱えておかないと、相手の自尊心を傷つけてしまいそうで怖い。
自分の気持ちなど顧みず、相手のことだけを大切に思うのは難しい。
それを言葉にすることはできても、言葉を交わすと崩れてしまいそうになる。
言葉を選び書くのが楽しくて、うれしくて仕方がなかった頃がなつかしい。
そういう気持ちに戻りたいな。。
スッキリ新しい年を迎えよう。
ちょっと・・・ 徒然なるままに つづき!?・・・ たわごと -26-
あんまり恋愛に夢中になっている時には何とかして恋人を、あッ! と言わせてやりたい。
私はこんな気でいるのよ、と言うことを、思いきり知らせてやりたい。
相手がはっきり意思表示をしなければしないほど、
あッ! というほどこっちの気持ちを見せてやりたい。
と思うものですけど、この考えくらい、恋愛にとって禁物なものはない。
恋人の臆病な気持ちをそっとしておきましょう。
ムリヤリに相手の気持ちを自分の思う通りにネジ向けようとするのは止めましょう。
恋人の臆病な気持ちをオドロカスのは止めましょう。
以前は恋人(=愛しい人)に対して、自分の思いを切々と綴ってきたし、話してきた。
それが正しいとかそうでないとか全く考えず、毎度毎度、自分の思いを押し付けにしてきたと
思うことがある。。反省の意味合いも込めて。。
それに答えを求めていたのにスルーにされると切ないし苦しい。
その繰り返し。
相手の気持ちをヒヤッとさせる言葉は愛の言葉ではない。
心があったかくなるような言葉ではない。
昨日から心の中で繰り返し唱える。
恋人の臆病な気持ちをオドロカスのは止めましょう。
こんな当たり前のことを唱えておかないと、相手の自尊心を傷つけてしまいそうで怖い。
自分の気持ちなど顧みず、相手のことだけを大切に思うのは難しい。
それを言葉にすることはできても、言葉を交わすと崩れてしまいそうになる。
言葉を選び書くのが楽しくて、うれしくて仕方がなかった頃がなつかしい。
そういう気持ちに戻りたいな。。
スッキリ新しい年を迎えよう。
2005-12-21
今日は古典はお休みです。
ちょっと・・・ 徒然なるままに・・・ たわごと -25-
人に愛されなくなるということがそれほど恐いのか。
愛されなくなっても構わぬと、なぜ覚悟をきめないか。
あれが、あの迷い。あがくことが、あれが生きていることの根源だったかと思うと
不思議である。 いや ひょっとしたら、愛されなくなるのが恐いのではない。
習慣が変わるのが恐いのかもしれない。
未練とは、 習慣に対していうものなのか。
自分から先に立って、この習慣を変更することなぞ何でもないことではないか。。
或る日習慣が全く変わったとしても、何でもないことではないか。
『幸福は幸福を呼ぶ』 宇野千代 より
人それぞれ違った恋愛のカタチがあって一概に決めつけれるものではない。
けれど読んだとき、ドキリとしてしまった。
愛される意味など益々わからない。もうどうでもよいとすら思えるこの頃。。
“愛される”ということが肌を重ねるという行為に結びつくならば・・・
“思われたい” “愛されたい”と思う気持ちがなくても大丈夫と、、
強がる!!? いえ、あきらめました。。。苦笑。
言葉を交わす扉を永久に閉じる覚悟
相手からいつ離れてもいいという覚悟
そういうものが今の私を楽にしている。
“本当は彼に大切に思われているのよ”
なんてポジティブな考え方がいいように思われた時期もあったが
これは実に苦しい。。。いっそ、
“あの人は何とも思っていないのよ”
“それは仕方のないことよ” と思いきる方が前を向ける。
そんな風に思っている。
随分楽な気持ちになったことは、
生の会話よりはずっと短い文章を交わしている相手にも伝わるようだ。
“止めないでほしい” そうだ。
毎日言葉を交わすたったひとつの窓口を閉じないでほしいのか・・
自分を思い続けることを止めないでほしいのか・・・
私にはわからない。
でももう深くは考えない。
“書きたい”と思うから書く。相手に伝えたいと思うから“書く”
“書きたくない”と思えば書かない・・です。
夫婦でなくて恋人とよぶわけでもなくて・・・
縁あって惹かれあう一瞬があり、肌を重ねた関係に。
こういうのもアリなのだという発見。。
それも自分自身が経験しているというちょっとな驚き。(って今更・・・笑)
そう・・・ややストイックではあるけれど。
ちょっと・・・ 徒然なるままに・・・ たわごと -25-
人に愛されなくなるということがそれほど恐いのか。
愛されなくなっても構わぬと、なぜ覚悟をきめないか。
あれが、あの迷い。あがくことが、あれが生きていることの根源だったかと思うと
不思議である。 いや ひょっとしたら、愛されなくなるのが恐いのではない。
習慣が変わるのが恐いのかもしれない。
未練とは、 習慣に対していうものなのか。
自分から先に立って、この習慣を変更することなぞ何でもないことではないか。。
或る日習慣が全く変わったとしても、何でもないことではないか。
『幸福は幸福を呼ぶ』 宇野千代 より
人それぞれ違った恋愛のカタチがあって一概に決めつけれるものではない。
けれど読んだとき、ドキリとしてしまった。
愛される意味など益々わからない。もうどうでもよいとすら思えるこの頃。。
“愛される”ということが肌を重ねるという行為に結びつくならば・・・
“思われたい” “愛されたい”と思う気持ちがなくても大丈夫と、、
強がる!!? いえ、あきらめました。。。苦笑。
言葉を交わす扉を永久に閉じる覚悟
相手からいつ離れてもいいという覚悟
そういうものが今の私を楽にしている。
“本当は彼に大切に思われているのよ”
なんてポジティブな考え方がいいように思われた時期もあったが
これは実に苦しい。。。いっそ、
“あの人は何とも思っていないのよ”
“それは仕方のないことよ” と思いきる方が前を向ける。
そんな風に思っている。
随分楽な気持ちになったことは、
生の会話よりはずっと短い文章を交わしている相手にも伝わるようだ。
“止めないでほしい” そうだ。
毎日言葉を交わすたったひとつの窓口を閉じないでほしいのか・・
自分を思い続けることを止めないでほしいのか・・・
私にはわからない。
でももう深くは考えない。
“書きたい”と思うから書く。相手に伝えたいと思うから“書く”
“書きたくない”と思えば書かない・・です。
夫婦でなくて恋人とよぶわけでもなくて・・・
縁あって惹かれあう一瞬があり、肌を重ねた関係に。
こういうのもアリなのだという発見。。
それも自分自身が経験しているというちょっとな驚き。(って今更・・・笑)
そう・・・ややストイックではあるけれど。
2005-12-09
うるわしと我が思ふ心早川の
塞きに塞くともなほや崩えなむ
万葉集 巻四・六八七 大伴坂上郎女
愛常 吾念情 速河之 雖塞〃友 猶哉将崩
-うるはしと あがもふこころ はやかはの せきにせくとも なほやくえなむ-
愛しい人を思う時の私の気持ちは
時に自分でも驚くほど激しく大胆で
オモイを絶とうと高い堰で遮ったりせき止めたりとしたところで
心からあふれ出すオモイはそんなものを簡単に崩してしまうのだろう
このような激しいオモイに対する危機感を若い頃は持っていたように思う。
自らその恋にのめり込まないようにしてきたような。。
おかげでこの歳になって出逢った恋に深くのめり込んで彷徨ってしまっている!!?
大丈夫です。 ・・と思います。
心から溢れ出すオモイも枯れずに未だ持ち合わせております。。苦笑。
逢う約束をしていました。 それが今夜。。
“無理をしてでも逢って”・・・とはいえませんでした。
書いても書いても自分のオモイが定まらず、、書いては消し、書いては消し。
恥ずかしながら、、まるで小学生です。。。
“それをきちんと見ていましたよ”
と今日コメントが入った時、私の思いの堰が切れて溢れだしました。
もう溜めに貯めていたグズグズが溢れでた・・・と思います。
けれど、、もう消したりはしません。
穏やかにのほほんといこう・・・と思う私も
激しくオモイをぶつけてしまう私も・・・私だから。
2005-11-24
我も思ふ人もな忘れおほなわに
浦吹く風の止む時なかれ
万葉集 巻四・六〇六 笠郎女
吾毛念 人毛莫忘 多奈和丹 浦吹風之 止時無有
(おほなわに、は未詳)
私はアナタのことを思い続けているわ
アナタもどうか私のことを忘れないで
浦に吹く風の止むときがないように
オモイが止むことはないのよ
オモイを遂げてしばらくはどんどん盛り上がる自分のキモチに戸惑い、
相手の言葉はいちいち気にかかるし、自分は愛されていないのではないかと疑い、
相手のことが知りたくて、自分のキモチを話したくて仕方がない。
離れている間も休日は何をしているか気になるし、相手が疲れて体調を崩しても、
励ます言葉しかなくて、何もしてあげることができない現実に落胆する。
いつも傍にイナイことが口惜しく、哀しい。
分かり合いたいと願っては、到底分かり合えないと絶望する。。。
切ない恋はそんなことの繰り返しだったりする。
“私はアナタのことをずっと想ってるわ”
“だから私のことを忘れないで”
という彼女の気持ちがなんだかわかる。。
“やっぱりアナタじゃないとだめなのよ”
燃え上がって燃え尽きてしまうようなオモイではなくて
ゆっくりじんわり浸透していくようなオモイ。
逢ったときは心からお互い楽しむことができるように溜めておこう。
ふと想い出したくなるような・・・素敵な時間が過ごせるといい。
2005-11-14
荒玉の年の経ぬれば今しはと
努ゆめよ我が背子我が名告のらすな
万葉集 巻四・五九〇 笠郎女
-あらたまの としのへぬれば いましはと ゆめよわがせこ わがなのらすな-
初めて結ばれたあの日から
何年も経ったからといって
「今はもう」と
私の名前を人に漏らすようなことは
努々-ゆめゆめ-なさらないでくださいね、、
愛しいあなた
以前のエントリにも書いたことがあるが、、万葉集の四の巻に24首・・彼女の歌がある。
それらはすべて選者である大伴家持に贈ったものである。
“離れていても逢えない期間が永く続いたとしても、私は貴方のことを思い続けているのです”
といった歌や 寄り添うことができない・・・やり場のナイ深い悲しみを切々と詠ったもの。。
その恋情はたった一人の人にたいして様々な色に移り変わってゆきます。
前回の歌では秘めた恋が露見することへの恐れがありありと見える。
きっと家持サンとの関係はおおっぴらにはできなかった。。
「我が名告らすな」 とは逢瀬を遂げた・・・
結ばれた恋人同士の間で交わされるおキマリ文句といわれていたから
家持サンにはれっきとした奥さまがいて、、笠郎女にも夫があったのではないだろうか。。
どちらにしても、、さぞや苦しい恋をしていたのだろう・・読んでいてこちらまで苦しくなる。
実は彼女の歌はあまり好きではなかった。。
一人の人を思って、、時にやさしく、時に激しく、苦しく、、落ち込み、恨めしさも感じる時がある。。。
恋愛に憎しみはつきもので、、愛している相手から別れを告げられれば、、恨むことさえある。
綺麗な別れ方なんてそうあるものではないのではないだろうか。。
虚しさや淋しさで落ち込むものだと思うし、相手の気持ちが序々に自分から離れていくのを感じながら、、それでも痩せる思いで相手を慕い続ける。。
あぁぁそうはなりたくない・・と思ってしまう。
けれど、、そうしたことは嫌でも少なからず自分の中にもあるものなのでは・・と今は思う。
そうした叶わぬ思いはしたくナイ・・という気持ち。愛している人にこよなく愛されたいという気持ち。。
こういう気持ちがあるうちは、、妄想するし、苦しい切ない恋になってしまう。
切ないほどに相手のことを思うことはあるもの。。。
無性に会いたくて、、淋しい思いもするということ。。。
そういうこともすべて受け入れて、、最近になってようやくそういう気持ちになれている。。いまのところは。。。
しばらくの間・・・順に彼女の歌を詠むことによって、、自分の心の奥に潜むもの・・・
何かわかるかもしれない・・・判らないかも知れないけど、、笑
恋はどんどん私の中でカタチを変えていくように思う。。
2005-11-08
吾背子にわが戀ひをればわが宿の
草さへ思ひうらぶれにけり
万葉集 巻十一・二四六五 作者不詳
今日は音楽を聴きながら書いています。。
何故か・・・ Norah Jones “COME AWAY WITH ME”
合うか・・・と聞かれれば、そうでないかもしれないけれど、、苦笑
なんだか聴きたい気分になってしまったのだからしょうがない。
ゆっくりとしたメロディが私の耳に流れて気持ちいい。。
私のいとしいあの人に
恋焦がれて物思いにふけっていると
庭先の草までが
私を見倣-なら-ってうちしおれているわ
よくジャズの歌詞は万葉集の歌と共通する心があると書かれているものをよく目にする。
愛しい大切な人を思って歌い、懐かしい故郷を思って涙を浮かべ、、哀愁を漂わせる。
この歌は草に思いを託した。草に心があるようにオンナが思いの丈を訴えている。
“わが” を3度も繰り返し
可憐でやさしく・・・女性らしいうるおいのある作品。
まわりが全く見えなくなってしまう恋よりも
まわりをやさしさを持って眺めることのできる恋がしたいものだ。
徒然なるままに・・・・たわごと -20-
2005-09-21
我妹子に恋ひすべながり胸を熱み
朝戸開くれば見ゆる霧かも
万葉集 巻十二・三〇三四
我妹子-わがもこ-
愛しいアノ人を思い
どうしょうもなく恋焦がれ燃えるオモイ
焼き裂ける胸の痛みをかかえたまま
永い夜をまんじりともせず過ごしてしまった・・・
やがて明るい光が差し込もうと
いまだ濃い霧が白々と立ち込めて晴れ晴れとしないことよ
日中は仕事で忙しくしていて思いもよらないのに、、
夜になると愛しいアノ人のことを考えてしまう。。
恋に悶え・・・独り寝の夜を過ごしているオトコの心情。。。
昨晩の寝つかれないで抱え込むオモイをそのままに
迎えた朝の晴れやらぬキモチを霧に喩える。。
若いオトコの独り寝か・・・
はたまた当直や出張で独りベッドに横たわる恋するオトコの心情に近くないだろうか・・・。
それとも激務に疲れ果て・・・思う間もなく爆睡??・・・・
彼から真夜中とか明け方にメールやコメントが入っていたりすると、、
私はあらゆる想像を働かせイロイロと勘繰ってしまう。。笑
今までにも・・・メールの内容によっては明らかに“オカシイ”と感じる時が多々あった。。。
後日になってわかることがほとんどではあるが、たいてい凹むような事件があったり、
哀しいオモイを抱えている時なことが多い・・・嬉しい時には感じないものを感じることがあるのだ。
昨晩から実に5回・・・“お肉が食べたい”と今朝5時までのたまっている方が一名。。。
それでふと思うのだけど、、、、、「本当は私が食べたいの?」
う〜〜〜
そんなことは聞けない
今までも、、そういった色っぽい話や赤裸々な言葉ってあまり言ったことないな〜
どうも昔からエロっぽい話は私を避けて通る・・・いやいや私が避けて通る??
言ってはいけない雰囲気を醸し出してるのかな〜〜

2005-09-19
新室の壁草刈りにいましたまはね
草のごと寄り合ふ娘子は君がまにまに
万葉集 巻十一・二三五一 作者不詳
新居の家の壁草を
刈りにいらしてくださいね
その草のようになびきよるオトメは・・・
アナタの思いのままなのですから
たいていの男性はこんなこと言われたら
“ではお言葉に甘えて・・”
と応じるのだろうか・・・・。
こんなにストレートに言い寄られたら オトコはどんな気持ちがするのだろう。。。
実は・・・(まただ・・・笑)
彼に先に思いを打ち明けたのは私の方だ。。
その後、思いを切々と綴ったのも私の方が多いかもしれない。。
だからいつも私に追いかけられている感覚でいたんじゃないだろうか・・今もそうかも知れない。。
たまには追っかける側にまわりたいのではないだろうか。。と考えてしまうほど、
この恋に対して私の方がより積極的だったと思う。。
なにせ後悔だけはしたくなかった。
思いを伝えて後すぐに、彼が逢おうというのを一度、断ったことがある。。
その時の彼の返事が・・・
「御意のままに」
このひと言だけだった。。 こんなこというなんて、、ちょっと変わってる??
それ以来、またしばらく二人の間には慎重な空気が流れることになる。。。う〜〜む・・実に半年間。。もう何度もやめてしまおうと考えた。。
彼の方でも別にツライことが次から次へと起こり、私にとっても本当に切ない期間だった。。
なので、また改めて「逢おう」といわれてからの私は、色々悩みはしたけれど、、自分の一番素直な気持ちで行動することになる。。
万葉では「君がまにまに」。
あなたの心のままに・・・
アナタの好きにして・・いうとおりにするから。。
はじめて二人で逢ったとき、まさにこんな気持ちだったのだと思う。。
思いがはちきれんばかりにつまったカラダを相手に「どうぞ」と投げ出す。。。
まさにそんな気持ちだったのだと思う。
2005-09-15
我のみぞ君には恋ふる
我が背子が
恋ふと言ふことは言のなぐさぞ
万葉集 巻四・六五六 坂上郎女
私だけが一方的にアナタに夢中になっているだけで・・・
アナタが私に“恋をしている”って言うのは
マジじゃないんでしょ
口先だけでそういってるんでしょ
この彼女・・・
実は本気で自分が片想いやってる・・・・とは思っていないらしい。。
もはや・・・彼の「好きだ」の言葉じゃ全く物足りない。
もっともっと「愛してる」もっと「私だけ」だと思って、カーーっと燃え上がってほしい。。
いやいや、、そんなに激しい思いがあるなら、私にわかるように言葉にしてほしい。。。
「納得させてよ!」の叫びかな・・・。
ほしい・・・ほしい・・ばっかりだけど・・・笑
こういったこと思うことも・・・まぁたまにはある。
本来は自分が相手を好きなら・・・大切と思えるなら言葉なんていらない。。といってはみても・・
心の底では相手の思いを言葉や態度で伝えてほしいと願っている。。
徒然なるままに・・・・たわごと -8-
2005-09-09
神奈備の石瀬の社の呼子鳥
いたくな鳴きそ我が恋まさる
万葉集 巻八・一四一九 鏡女王
神奈備 -かむなび- 古代に神のいると考えられていたところ
石瀬の社-いはせのもり- がどこをさすのはわからない。。
神奈備の石瀬の社に鳴く呼子鳥よ・・・
そんなに鳴かないで・・・
声を聞くだけで、恋の思いは一層深くなるのだから・・・
杜(森)といわれると私は京都・下鴨神社の糺(ただす)の森が頭に浮かぶ。。。
糺の森(ただすのもり)は古くは源氏物語や枕草子にもでてくるといわれるほど古くからある森
で、幼い頃はよくこの場所で遊んだものだ。。。男の子に交じって野球してたな・・・笑
ここでいう森はもっと原始的な面影を残す緑深いところなのかもしれないが、、幼かった私にとっては十分に糺(ただす)の森は緑が深く、どちらかというといつも薄暗くて静まり返った神秘の森のように感じられた。。
巨木が緑をたたえ
静まり返った神秘の森からこだましてくる鳥の声・・
あたかも人の魂を呼ぶように
カッコウ・ホトトギス・・
それらの声を呼子鳥-よぶこどり-という
鳥は何を求めて鳴くのか・・・
ひとり恋しいアノ人を想い
熱いオモイに胸の内掻き立てられる・・
夜もまだ明けぬ早朝・・・
思い立ってPCを立ち上げると、新たなコメントが入っている。。
明け方のひっそり静まり返ったいつもの部屋で
そっと叩くキーボードに向かうのは
日中の私でない ちょっと違った私がいて
素直なオモイの吐露をしたためエントリにする
しばらく一息いれて ふと顔を上げると
またひとつ新しいコメントが届く・・・
夜も明けないコノ時間に起きている・・・
二人はお互い見えない相手にオモイを馳せて言葉にする
離れているのにもっとも相手が近しいと感じる瞬間でもある
2005-09-06
秋山の樹の下隠り行く水の
我こそまさめ御思ひよりは
万葉集 巻二・九二 鏡女王
あきやまのこのしたかくりゆくみずのわれこそまさめみおもひよりは
私のほうこそ・・・
アナタをいっそう深く思っているのよ。。
アナタが私を思ってくださるよりはずっとずっと深く・・

この歌は下記、天智天皇のラブコールに答えた返歌である・・
妹が家も継ぎて見ましを
大和なる大島の嶺に家もあらましを
巻二・九一 天智天皇
いつもいつもあなたの家の辺りが見ていられるように私の家があったらいいなぁ
私は万葉集の数ある優れたものの中でもこの鏡女王の歌が一番好きだ。
実は好きな相手にも何食わぬフリをして自分のオモイをこの歌に込めて送ったことがある。。
相手に通じたかどうかはわからないけれど、彼女の歌は私のオモイに通じる・・・というよりは
理想に近いといった方がよいかもしれない。。物静かで控えめなオモイの吐露のようで、心の中には激しい相手に対する愛情が溢れている。。
それでいて相手の心にもジンジンと染み渡ってゆきそうな強さが伝わってくる。。。。。
「好きだ」とか「愛している」といった言葉を使わずに自分の溢れんばかりのオモイをこんなに短い文章でもって相手に伝える。控えめなのにストレート。。
少しは遊び心で恋を楽しめばよいものを、、一途に・・・生真面目に
全く余裕ナシの返事を書いてしまう・・・そんな私とダブらせずにはいられない。。
---彼女のほかの歌も次々書いていこう♪彼女の魅力が垣間みれる---
鏡女王は額田王の姉といわれている人物であるが真相はあきらかではない。。
この歌は当時愛し合っていた天智天皇に贈ったものである。。のちに天智天皇は額田王に心を移し、鏡女王は藤原鎌足の正室となる。。歴史的背景も大化の改新の知った名前が絡んで興味深い。
徒然なるままに・・・・たわごと -4-
2005-08-30
恋すてふわが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
拾遺集 恋一・六二一 壬生忠見
小学生の頃、百人一首を暗記したもののうち、早い段階ですぐに憶えてしまった歌。。
こいすちょう〜♪ではじまり覚えやすい。。
「ねぇアノ子、○○さんのこと、ときどき じーっっと見てない?」
「あっそういえば、、見てたみてた・・・怪しいよねぇ?」
こういう何気ない一言から噂が立っていくことってありがち。。
でも、火の無いところに煙はたたず・・・で恋の兆しに本人たちさえ気づいてないこともある。。
お互い密かに・・・ひそかに・・・思いはじめたばかりなのに・・・
ところで、この歌とよく似ているのが、同じ百人一首の平兼盛の歌。
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで
しのび隠していたつもりだったけど、、やっぱり顔にでちゃったのね。。
「どうしたの・・?最近変だよ・・。何か物思いしてるみたい」
なんて友達に聞かれるほどだもの・・
恋する気持ちというのは、とてもデリケートなものだと思うので
とくに、心に秘めて言い出せないでいるときは、出来れば誰にも悟られたくない。。
好意をしめすような態度はもってのほかで、わざと冷たくしてみたり、、全く眼中に入っていない素振りをしてしまいがち。
好きなものは好き・・・と言えるのは、もう少し先・・・ある程度相手も自分に好感を持ってくれているのでは・・・という根拠のない(!?)確信を得てからなんじゃないかな。。
でもやっぱり女性は好きな人が現れると、自然にお肌のお手入れに時間をかけたり、柔らかな色の服を着たり、、とにかく色んなことに気を遣うようになって、急に綺麗なるという。。
そして時々物思いにボーーッと耽ったりなんかするところを、、
第三者にその兆しを言い当てられ・・・おののくのだ。。。
私は口が堅い・・・いやマジで。。。(って自分でいうかっ
)彼とのことは本当に誰にも話していない・・・/といってもここで書いちゃってますが・・・・

長い間ずっと胸に秘めてきた。。
悩むことはあっても、嬉しいことがあっても人に話したいと思ったことはない。
それは・・やはり思わぬところから人に知れるのを恐れるため・・・と
言ってもわかってはもらえない・・・わかってもらえなくてもいいと思っているから。
お互い “このことは誰にもいわず墓場まで持っていく” と決めている。。。
っってやっぱり微妙な関係・
・・けれど、、ずっと隠しとおしてきたのに最近になって
母や兄弟にチラッと思わぬ釘を刺されることがあり、ドキッとする。。
知らず知らず私の仕草に出ているのだろうか・・・。
隠し事をしているように見えるのかな??
アブナイアブナイ・・・・
これまで隠し事ってあんまりなかったからなぁぁ。
隠し事をしていると、隠し事の全責任は自分にかかってくるという覚悟がいる。。
時にスゴク重たく感じることもあるし、変なのだけど、充実感を覚えることもある。。
自分にとっていいことなのか・・・悪いことなのか・・・
答えがでるのは、ずっとずっと先のような気がする。。
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